金沢地方裁判所 昭和26年(行)2号 判決
原告 松栄清吉
被告 石川県農業委員会
一、主 文
別紙物件目録掲記の土地の買収計画につき訴外松栄武のなした訴願に対し被告が昭和二十六年二月五日附でなした裁決はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
(一)別紙物件目録掲記の土地(以下本件土地という)は(昭和二十年十一月二十三日当時内(1)(2)(5)乃至(7)の土地は原告の所有であり、(3)及び(4)の土地は原告と原告の五男武の共有であつた。(二)石川県羽昨郡中荘村農地委員会(以下村農地委員会という)は自作農創設特別措置法第三条に基き本件土地につき昭和二十五年十月二十五日を買収時期と定めて訴外松栄武の所有に属する小作地たる農地として買収計画を樹立した。(三)しかしながら本件土地は昭和二十年十一月二十三日当時いずれも原野であり、農地でもなく小作地でもなかつた。(四)原告は昭和二十一年六月十二日本件土地が登記簿上田とあつたのをいずれも原野に地目の変換をなした。(五)因みに登記簿上の地目を変換するについては当時税務署の実地検証を受けるか又は農地委員会長の証明がない限りこれが許されなかつた。(六)本件土地は原野で原告はその所有者として将来これを工場の敷地とする意図を有し宅地として最適の土地である。(七)村農地委員会は本件土地を原野と認め将来宅地にすべきものとしてこれを農地買収より除外し、買収しない旨決定したことがある。(八)しかるに本件土地を農地買収に便乗して不法に入手せんとする者が本件土地に立入りこれを不法に耕作して正当な耕作権者のように主張するに至つた。(九)そこで原告は本件土地に繩張りし標札を立てて何人もこれに立入ることを禁止した。原告は右不法耕作者に対して本件土地の耕作を許諾し、地代、賃料等の請求をなしたこともなく、又これを受領しこれらの者よりその供託を受けたこともない。(一〇)右買収計画は違法であるから訴外松栄武はこれに対し異議の申立をなしたところ、村農地委員会はこれを理由なしとして却下する決定をなした。(一一)同訴外人はこれを不服として更に訴願をなしたが被告はこれを理由なしとして棄却する裁決をなした。よつて原告は本件宅地の所有者として右裁決の取消を求めるため本訴請求に及ぶ。(立証省略)
行政事件訴訟特例法第二条によれば、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴を提起するには異議訴願を経ることを要する。しかるに原告は本訴提起に先立ち訴願裁決を経ていないから原告の本訴は不適法である。又原告は本訴において取消を求める訴願裁決処分の相手方ではないから本訴の原告となる適格を有しない。
本案について「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
原告の主張事実中、(一)(二)(四)(一〇)及び(一一)の各事実は認めるがその余の主張事実はすべてこれを否認する。村農地委員会は自作農創設特別措置法第三条に基き昭和二十五年十月二十五日を買収の時期と定めて本件土地を登記簿上の所有名義人である原告の五男訴外松栄武の所有に属する小作地として適法に買収計画を樹立したものであつて、これにつき何等の違法も存しない。原告は昭和二十一年六月十二日本件土地中(1)(2)並びに(5)乃至(7)の土地につきその所有権を、(3)及び(4)の土地につきその共有持分権を右訴外松栄武にいずれも譲渡してその移転登記手続を了し、右買収計画樹立の当時における本件土地の所有者はいずれも同訴外人であつた。(なお同訴外人は昭和二十四年二月二十二日本件土地中(1)乃至(5)の土地を訴外松栄清昨に、同訴外人は昭和二十五年五月十二日更に訴外岡本与三吉に、又訴外松栄武は右同日本件土地中(7)の土地を訴外江上六三郎にそれぞれ譲渡してその所有権移転登記を了している。しかしながら農地についての所有権移転は昭和二十一年十一月二十二日以降は都道府県知事の許可又は市町村農地委員会の承認を要し、これのない移転は無効である。訴外松栄武等の本件土地所有権の右移転は右にいう許可又は承認を経ていないから無効であり本件土地の買収計画樹立の当時における所有者は右訴外松栄武である)本件土地はいずれも現況田又は畑であつて農地である。原告は農地買収を免れるため本件土地について登記簿上地目が田とあつたものをいずれも原野に変換したものである。又本件土地は小作地たる農地である。すなわち本件土地中(1)及び(7)の土地は訴外田中菊野が十数年前原告よりこれを借受け以来耕作して来たものであつて、その小作料はこれを持参して提供したが原告において後日請求するからとその受領を拒絶しているもの(2)の土地は訴外岡本弘が十数年前原告より借受け以来耕作して来たものであつて、この小作料は昭和二十三年度分まで一ケ年金三十六円六十七銭の割合で毎年支払つているもの、(3)の土地は訴外坂井正秀が昭和二十年六月前小作人訴外松田義八よりその耕作権を譲受け以来耕作しているものであつて小作料は一ケ年六斗の割合でこれを金銭に換算して中荘村農業協同組合の原告の貯金口座に振込んでいるもの、(4)及び(5)の土地は訴外大窪元種が原告より借受け以来耕作しているものであつて小作料は一ケ年一歩につき四合の割合でこれを金銭に換算して支払い、昭和二十四年度分はこれを持参して提供したが原告においてその受領を拒絶したもの、(6)の土地は訴外坂井清治が大正十三年に原告より借受け以来耕作して来たものであつて小作料は一年金百円の割合で支払つているものである。そして右訴外田中菊野等の本件土地の賃貸借契約はいずれも本件土地の買収計画樹立の当時まで存続し、右訴外人等はそれぞれ適法に本件土地を耕作していたものである。(立証省略)
三、理 由
被告は原告の訴について原告は本訴提起に先立ち訴願裁決を経ていないから原告の本訴提起は不適法である旨主張する。しかしながら原告の本訴請求は農地買収計画に対する異議を却下した決定に対し訴外松栄武よりなした訴願を棄却した裁決処分の取消を求めるものであり、当事者は異なるが既に買収計画につき訴願を経由しているのであるから被告の右主張は当らない。又被告は右の如く当事者の異なる点を挙げ原告が本訴において取消を求める訴願裁決処分の相手方ではないから本訴の原告となる適格を有しない旨主張する。
しかして原告は本訴において取消を求める裁決処分の相手方でないことその主張自体より明らかである。しかしながら行政処分の取消変更を求め得る者は独り当該行政処分の相手方だけに止まらず、その処分について法律上直接の利害関係を有する者はその違法を主張して当該処分の取消を求め得るものと解するを相当とする。原告は本件土地の所有者又は共有者であることを主張し訴外松栄武よりなした本件土地の買収計画を違法として右買収計画についての異議を却下した決定に対する訴願を棄却する裁決処分の取消を求めるのであるから、原告が後段認定の如く本件土地の所有権者である以上原告は右裁決の取消を求める訴を提起するについて法律上直接の利害関係を有するものといわなければならない。従つて原告は本訴の当事者たる適格を有し被告の右主張も亦失当である。しかして被告が昭和二十六年二月五日附でなした裁決に対しその裁決の日から二箇月内の同年三月七日本訴が提起せられたことは当裁判所に顕著であるからその提起は適法である。
そこで次に本案について判断する。本件土地が昭和二十年十一月二十三日当時内(1)(2)並びに(5)乃至(7)の土地は原告の所有であり、(3)及び(4)の土地は原告と原告の五男訴外松栄武の共有であつたこと、村農地委員会が自作農創設特別措置法第三条に基き本件土地につき昭和二十五年十月二十五日を買収の時期と定め、本件土地は訴外松栄武の単独所有に属する小作地たる農地として買収計画を樹立したこと及び訴外松栄武が右買収計画に対して異議の申立をなし村農地委員会がこれを理由なしとして却下する決定をなしたこと及び同訴外人がこれを不服として昭和二十五年十一月二十日更に訴願をなし、被告が昭和二十六年二月五日附でこれを理由なしとして棄却する裁決をなしたこと、以上の事実は当事者間に争がない。原告は本件土地所有権者は昭和二十年十一月二十三日当時と同様であると主張するので案ずるに、成立について争のない乙第五号証の一乃至七によれば原告が本件土地中(1)(2)並びに(5)乃至(7)の土地の所有権、(3)及び(4)の土地の共有持分権を右訴外松栄武にいずれも譲渡したとして昭和二十一年六月十二日その移転登記手続を了していることを認めることができるが、証人松栄清昨、諸田吉太郎、松田与作、岡本弘、坂井正秀、大窪元種、田中菊野、坂井清治、宝来長作の各証言を綜合すれば、右は登記簿上の名義を変更したに止まり、真実は右買収計画樹立の当時も依然として本件土地中(1)(2)並びに(5)乃至(7)の土地は原告の所有、(3)及び(4)の土地は原告と訴外松栄武との共有に属していたことを認めることができ、他にこの認定を動かすべき証拠がない。果して然らば右買収計画は買収当時の真実の農地の所有者である原告に対してなされず単なる登記簿上の所有名義人に過ぎない訴外松栄武に対しなされたものであるから、所有者でない者を所有者として共有地を単独所有地と誤つて計画を樹立した瑕疵があり違法であるといわなければならない。従つて又被告のなした右裁決は右買収計画と同じ瑕疵を包蔵し違法であることを免れない。
そうだとすると爾余の争点につき判断するまでもなく原告が右裁決の取消を求める本訴請求はその理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 観田七郎 柏木賢吉 吉田誠吾)
(目録省略)